今から15年前の平成7年まで、私はJAの生産部会(鹿沼市農協いちご部)の所属し、200人余の仲間と共に良品質のいちごを生産出荷すべく全力を注いでいました。販売はすべて農協に任せ、我々農家は市場で有利に販売出来るいちごづくりにだけ目を向け、市場やスーパーのバイヤーの言動に対応せざろうえませんでした。その結果、スーパーの店頭で日持ちのするいちご(完熟のものではなくある程度早採りしたいちご)をより多く収穫することが収入・所得の増大になると考え、多収穫のために多くの経費と労力を費やするようになりました。元来労働集約型の典型であるいちご栽培は、収穫パック詰め作業に多くの時間を要し、栽培面積も労働力によって決まってしまう作物で、限られた労働力では栽培面積、収入とも限界があるのではと感じていました。

 共同出荷のメリットとして、大量の荷(商品)を大きな市場に出荷することにより、有利販売につながる。多くの仲間と共に栽培技術等で切磋琢磨し向上することが出来る。などが考えられますが、他方で、個人が無視されがちで良品質の物(おいしいいちご)を生産しても直接的に収入につながらない。(長い目で見れば産地としての評価が高まり、高単価になって跳ね返ってくるのでしょうが・・・・。)また、生産者同志の目指すものががなかなか一致しにくいため、同一品質のいちごを生産、出荷することが難しくなってくる。といった点も出てくるものですが、これら多くの問題点を迅速且つ的確に解決しながら前進することが、産地間競争を勝ち抜いていく条件なのでしょう。

 私はずっと以前から「スーパーで買ういちごで、おいしいものにはなかなか当たらない。」という声をよく耳にしていました。我々生産者は多くの労力と経費を費やしながら、一生懸命良品質のいちご生産に励んでいたつもりだったのに・・・・・。消費者と生産者の求めるものに何か大きなギャツプがあるように思えてなりませんでした。「完熟で収穫したおいしいいちごを直接消費者の方に食べてもらいたい。」という思いが次第に膨らみ、平成7年夏にJA生産部会を脱会し、自分で直接販売する経営に180度の方向転換をすることとしました。それまで、全てを農協に出荷し販売も他人任せの状態でしたので、私のやり方に心配や疑問の声も多々ありましたが、「前に進まねば道は開けない」との一念で、その年の12月に「わたなべいちご園」をオープンしました。

 あれから15年の月日が流れましたが、いまだに「おいしいいちご」を生産するにはどうしたらよいか、暗中模索、四苦八苦の日々が続いています。一般的に多収穫(高収入)を目指すには、収穫初め(11月頃)から収穫終わり(5月頃)まで大粒のいちごを連続的に収穫できる技術が求められるのですが、そのために、かなり短い間隔で潅水や追肥をする必要がありますし、電照をしたり二酸化炭素を供給したりと、多くの技術を駆使している農家が通常です。特に生育を停滞させずに厳寒期を乗り切るのは難しく、ハウス内温度を昼夜温とも高く管理する等、栃木県の栽培指針をもとに取り組んでいる現況です。

 一般的にいちごは開花から成熟までの期間が長いほど味が良くなる(濃くなる)と言われています。実際、冬の期間に比べると、晩秋(10〜11月)の気温の高い時期のいちごは甘みがのりにくいですし、春先(4〜5月)の成熟期間の短い時のいちごは薄味のものになってしまいます。

 肥料の施し方による味の違いがあるのでしょうか。私にもよく分かりませんが、いちごは根から養水分を吸い上げ、葉で炭酸同化作用をし、実を育てるわけですから、肥料を含めた土づくりは、おいしいいちごを収穫する上で大きなウエートを占めるものと思われます。それと同時に潅水の量と間隔も重要かと思います。栽培経験の中でも、多量に潅水した直後のいちごは、甘みが薄く水っぽく感じるのが通常で、前述したように短い間隔での潅水は、いやおうなしに味を下げることとなります。また、肥料分が必要以上に多い状態での栽培は、実は大きく育ちますが、味は必ずしも良くならず、おいしいいちごの収穫を目指す上からは避けるべきだと考えています。また、最近は肥料や水分を自動的に施用する、土を使わない高設栽培が普及していますが、私は今のところ取り組むつもりはありません。というのは、今まで高設栽培で採れたいちごでおいしいものに出会ったことが無いからです。見た目はすごくきれいでおいしそうでも、口にすると硬く、甘みが少ないので練乳を付けなければ食べられないのです。科学的に計算された肥料分を施しても、それだけておいしいいちごを生産するのは極めて難しいようで、土の持つ偉大な力にはかなわないように思えます。

 栃木県では「とちおとめ」の作付が全体の99%以上を占めており、甘くておいしい品種として栃木ブランドを確立しています。私のところの「女峰」「とちひめ」は1%以下の部分で、通常スーパー等では手に入らない品種になっています。ところで、品種による甘みの差はどうなのでしょうか。多くの品種を食べ比べたわけではないので本当の所は分かりませんが、私の考えは「完熟したいちご」の味に大差はないだろうということです。太陽光線を十分に浴びて完熟したものはおいしいはずですが、品種が元来持っている特徴にはおのずと差がありますから、「果肉がやや硬い」「やや酸味がある」「桃に似た風味がある」というような感じ方をする人が多いのではないでしょうか。

 私の所の土地は河川に隣接しており、耕土が浅く20〜30cmも掘れば砂利や石が幾らでも出てくるような所で、耕土にも細かい石が混じっており、作物を育てる上では決して良い条件ではありません。深く根を伸ばすことの出来ない土地で、米や野菜を栽培しても多収穫は難しいものがあり、耕土の深い農地でいちごを育てている方には太刀打ち出来ない現実がありました。しかし、条件の悪い土地から収穫された「米」や「いちご」はおいしいのが通常で、私はそこに着目し、悪条件を逆手に取り多収穫を目指さない「おいしいいちご」づくりに取り組むことにしたのです。

 多収穫を目指さない
で味本位となると、栽培の方法も微妙に変わってきました。収穫初めの時期を遅くし、気温の高い時に成熟させないよう、夜冷育苗の時期や定植の時期を遅らせ、12月初めからの収穫とすることにしました。また、肥料は良質の堆肥と、追肥を必要としない長効きタイプの配合肥料をメーンとし多肥料を避けることとしました。潅水については多すぎると味が落ちてしまいますが、いちごを育てるうえで水分は不可欠のものですので、出来るだけ少ない量とし、潅水の間隔も長くし、いちごには我慢をしてもらいながら「おいしい実」を稔らせてもらっています。その結果として、多収穫は出来ませんが、そこそこ味の良いいちごになりつつあります。それでも潅水直後や曇雨天の続いた後のいちごの味は決して良いとは言えず、作物を育てる難しさを痛感しています。

 完熟に近い状態で収穫することにより、ある程度おいしいいちごを収穫することは出来ますが、残念なことに日持ちがしないのです。市場出荷している方は店先で日持ちするようにやや早めに収穫しているのですが、私の場合は味を優先しているため「地方発送」等で傷みが出てしまう懸念が大いにあるのです。やや早採りして傷みを少なくするか、完熟に近い状態で収穫しおいしいいちごを販売するか、大変難しい問題ですが、「消費者の皆さんによりおいしいいちごを提供し続けたい」という思いを忘れることなく、今後ともいちご栽培に励みたいと考えています。
 
                                                     2010年3月